薩摩の石組み

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2011年 05月 15日

№39 西南の役の弾痕

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 明治十年戦役 彈痕の碑
かごしま県民交流センター北西側、国道10号沿いのこの石塀に囲まれた敷地は藩政時代は鶴丸城の厩があった所である。
 厩跡は、騎兵所~厩~軍馬方を経て明治7年(1874)に私学校が設立されたが、明治10年(1877)に勃発した「西南の役」で焼失した。明治15年(1882)に県立鹿児島医学校及び付属病院、明治40年(1907)に県立鹿児島病院、昭和18年(1943)に県立医学専門学校付属病院となった。さらに昭和33年(1958)に鹿児島大学医学部付属病院を経て、現在は国立病院機構・鹿児島医療センターとなっている。石塀には「西南の役」の激しい戦火による弾痕が残り、今から約130年前の薩摩軍と政府軍の死闘が偲ばれる。【鹿児島大学医学部付属病院跡記念碑文】
場所: 鹿児島市・城山町 北緯 31°35′45″ 東経130゚33′32″
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石垣に残る彈痕 西郷隆盛は明治10年(1877)9月24日城山の地で最後を遂げた 
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by ishigaki2010 | 2011-05-15 15:45 | 石垣


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