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薩摩の石組み

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2011年 05月 16日

№41 鶴丸城跡そのⅡ

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錦絵に描かれた大手門左側     角の石積み目地(山内多門)鶴丸城跡は現在、県歴史資料センター黎明館、県立図書館、鹿児島医療センター等の敷地となっている。鶴丸城は西回りの薩摩街道出水筋(西田橋~水上坂~伊集院~出水)、東回りの薩摩街道大口筋(吉野台地~白銀の坂~加治木~龍門司坂~大口)の起点であったのであろう。近くの西本願寺角には明治35年(1902)に建てられた鹿児嶋縣里程元標が現存している。
 鶴丸城の楼門と石橋と石垣が描かれている一枚の絵がある。それは宮崎県都城出身の日本画家山内多門が制作した、明治神宮聖徳記念絵画館壁画の一つ「明治五年明治天皇鹿児島御入城の図」である。画中の石積みの目地と現地の目地とは一致していない。    【黎明館資料・東市来町郷土誌】
場所: 鹿児島市・城山町  北緯 31゚35′ 54″  東経 130゚33′20″
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現在の鶴丸城大手門左側角の石積み
 明治神宮外苑聖徳記念館壁画の一つで、錦絵「明治五年明治天皇鹿児島御入城の図」がある。これは石原紫山(1905~1978)が山内多門の下絵を油絵で模写した(1958作)もので、図1はこの絵に描かれた鶴丸城大手門左側の石積みの目地である。現地の写真86の目地とは明らかに相違している。現在の石垣は、明治10年の西南の役で石垣が崩れ積み直した可能性もあり得る。なお、錦絵と対比するのが、そもそも無理なことかも知れない。

               
       

by ishigaki2010 | 2011-05-16 20:39 | 城の石垣


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