薩摩の石組み

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カテゴリ:神社仏閣( 14 )


2011年 11月 04日

№141 磯・鶴嶺神社

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写真332 鶴嶺神社本殿
■アクセスと歴史背景                 
鹿児島市稲荷町の国道10号鳥越トンネルを竜ヶ水方向に潜り抜けて約400m進むと、島津家別邸の名勝仙巌園に着く。この仙巌園の一角に鶴嶺神社がある。
 鶴嶺神社は明治2年(1869)島津家歴代の当主とその家族を祭る神社として市内坂元町山下鶴嶺(現在の照国町)に創建された。大正6年(1917)島津家歴代に由緒深い旧集成館工場跡に遷座させられた。良妻賢母の鏡と敬われた第18代家久夫人・持明院様「ジメサァ」も御祭神の一人である。【現地案内文】
場所:  鹿児島市吉野町磯 北緯 31゚37′06″ 東経 130゚34′37″
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写真333 本殿裏の石積み 高さ2.8m 6段積み
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by ishigaki2010 | 2011-11-04 20:05 | 神社仏閣
2011年 10月 30日

№128 清水町・南方神社

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写真299 上町五社の一つ南方神社境内 
■アクセスと歴史背景                 
 鹿児島市清水町の国道10号戸柱橋交差点から国道を鳥越トンネル方向に約400km行くと、道路左沿いに南方神社がある。
 南方神社は長野県の諏訪大社の分社で、島津家第5代貞久が東福寺城を攻略して鹿児島入りした頃、出水山門院から移されこの地に建立されたのが南方神社である。南方神社は諏訪神社ともいい建御名方命と事代主命を祭り上町五社の第一社として歴代藩主の信仰が厚く、諏訪市と呼ばれる市が開かれていた。上町五社は八坂神社、稲荷神社、春日神社、若宮神社、そしてこの南方神社をいう。現在、社殿再建計画があり2009年度内の着工・完成を目指している。              【現地案内文】
場所: 鹿児島市・清水町 北緯 31゚36′35″ 東経130゚34′09″ 
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 写真300 僅かに残る石積み 3段積み0.85m
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by ishigaki2010 | 2011-10-30 20:49 | 神社仏閣
2011年 10月 26日

№121 一乗院跡

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写真279 一乗院跡の仁王石造 
■アクセスと歴史背景                 
南さつま市の坊津支所から国道226号を防泊に向けて約7.5km南下すると中ノ防に着く。中ノ坊から硯川沿いに上流へ約200m行くと防泊小学校に着く。ここが勅願寺一乗院跡である。
 一乗院は敏達天皇12年(583)に百済の僧日羅による開基と伝えられている。その末寺は薩摩大隅の国内に47ヵ寺、坊津でも18ヵ寺あったという。日羅上人は自ら仏像三体を刻み、上中下の三坊舎を設けてそこに安置した。坊津の名称はこれに由来する。敏達、推古両帝の御願所となり、長承2年(1133)には鳥羽上皇から紀州根来寺の別院、西海の本寺として如意珠山一条院の勅号を賜り勅願寺となった。本院は朝廷の御帰依はもとより藩主島津氏にあっては、多くの寺領を寄進し保護に努めた。しかし、荘厳目を奪う堂塔伽藍も明治2年の廃仏毀釈の時、多くの宝物と共にむなしく崩壊散逸してしまい、今は仁王石造一対と校舎の西方の丘に歴代上人の墓が往時を偲ばせている。          【現地案内文】
場所: 南さつま市・坊津中坊 北緯 31゚16′17″ 東経 130゚13′52″ 
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     写真280 防泊小正門の石垣 10段高さ 3.2m
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写真281 一乗院跡の堅固な石積み
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by ishigaki2010 | 2011-10-26 16:06 | 神社仏閣
2011年 10月 21日

№119 坊津・八坂神社

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写真275 海際に建つ鶴ヶ崎の八坂神社
■アクセスと歴史背景                 
南さつま市の坊津支所から国道226号を防泊に向けて約7.5km南下すると中ノ防に着く。中ノ坊から下浜の港に下ると、防浦に突出する鶴ヶ崎の突端に八坂神社・別名祇園神社がある。
 この八坂神社は古くから坊一円の産土神として尊信せられ、代々鳥原家が社掌である。「社寺記」によれば、寛永5年6月26日(1628)上棟式をあげ、更に安政4年9月(1857)に改築したとされている。祭神は素盞鳴命、稲田姫、八王子の三柱で御神体は鏡である。       【坊津町郷土誌・上巻】
場所: 南さつま市・坊津町中坊 北緯 31゚16′05″ 東経 130゚13′37″ 
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写真276 潮風に堪えている神社裏の石垣
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by ishigaki2010 | 2011-10-21 20:34 | 神社仏閣
2011年 10月 11日

№103 竹田神社

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写真231 竹田神社の石垣 高さ1.2m          
■アクセスと歴史背景                 
南さつま市本町の国道270号と国道226号の交差点、市役所前交差点から南の枕崎方向に約800m進むと竹田神社に着く。
竹田神社は日新寺と云い、その起源は室町時代の保泉寺に遡る。保泉寺は島津国久が開いた寺で、曹洞宗皇徳寺の末寺であったが、永禄7年(1564)島津忠良が再興して菩提寺とした。忠良死去の後、7世住持梅安が寺号を日新寺に改めている。その後明治2年に廃寺となり、1873年には社殿が造営されて竹田神社となった。                             【鹿児島県の歴史散歩】
場所:南さつま市・麓 北緯 31゚24′ 36″ 東経130゚18′ 58″    
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       写真232 この石積みは何年の年月を数えたのであろうか
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by ishigaki2010 | 2011-10-11 22:13 | 神社仏閣
2011年 10月 07日

№99 岳扇山新照寺

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写真221 新照寺北面,間口15.2m
■アクセスと歴史背景                 
姶良町寺師の県道40号伊集院蒲生溝辺線と県道446号十三谷重富線の交差点を西方向の蒲生市街地に向けて約700m進み、ここから町道を南東方向に約300m行くと住吉岩崎の岳扇山新照寺に着く。
 新照寺は本派本願寺派の寺で本尊に阿弥陀如来を祭っている。明治26年(1893)石造寄棟瓦葺の寺院が建てられた。本堂、正門、通用門が石造りで、間口15.2m,奥行き18.4m,軒高5.4m・布石16段積み,石材は黒葛野(当地から北約3km地点)の切石を使ったと云われている。堂内格天井いっぱいに懇志者の家紋がはめ込まれている。                          【姶良町郷土誌】
場所: 図99 姶良市・住吉 北緯 31゚45′43″ 東経 130゚35′43″       
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   写真222 窓枠上部の鉄製楔
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写真223 新照寺西面18.4m
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写真224 溶結凝灰岩の布積み構造
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by ishigaki2010 | 2011-10-07 18:47 | 神社仏閣
2011年 08月 16日

№71 高隈・中津神社参道

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写真161 中津神社参道
■アクセスと歴史背景                 
国道504号と県道67号高隈串良線の鹿屋市下高隈町三角交差点を北方向に旧道を約2.2km進むと高隈市街地中央の中津神社に着く。
 中津神社は高隈郷の総鎮守社で主祭神は中津少童命である。現本殿は承応2年(1653)に造営されたもので元禄元年(1688)新田開発を機に現在位置に移築された。当神社に伝わる「鈎引き祭」は五穀豊穣を祈る神事で600年も以前から伝えられ毎年2月に雄木と雌木の引き合いが行われている。 【現地案内文】
場所: 鹿屋市・上高隈 北緯 31゚29′26″ 東経 130゚52′33″ 
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写真160 参道には3箇所の踊り場             
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写真162 参道の石段は蹴上高10cm、幅3m85cm、総数74段
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by ishigaki2010 | 2011-08-16 21:12 | 神社仏閣
2011年 08月 01日

№66 上名の黒島神社

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写真149 300年の歴史を持つ黒島神社  ■アクセスと歴史背景                 
県道40号伊集院蒲生溝辺線の姶良町上名・内山田交差点から北に約1km入ると黒瀬南集落に着く。集落の北端から山田川沿いに上流へ約400m進むと郷社・黒島神社がある。
 この黒島神社の創建の由来は明らかでないが、祭神は多祇留姫、多祇津姫、大名持命、応神天皇、神宮皇后である。。社殿は初め山頂にあったが、宝栄6年(1709)に山麓に拝殿を造営したと云う。社殿の手前には天明4年(1784)6月25日に造られた県下で2番目に古い石橋がある。この石橋は長さ6.1m、幅員2.3m、高さ4.9mあり、姶良町指定文化財になっている。              【姶良町郷土誌】
場所:  姶良市・上名 北緯 31゚47′46″ 東経 130゚37′09″ 
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写真150 逆V形の石造橋は1784年築造  
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写真151 石積みの乱れが時の流れを物語る
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by ishigaki2010 | 2011-08-01 10:43 | 神社仏閣
2011年 07月 21日

№62 宮内・弥勒院跡

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写真140 校庭には目通し1.3mのケヤキの古木が昔を語る  
■アクセスと歴史背景                 
JR日豊本線隼人駅前の県道471号北永野田小浜線を北方向に約800m走り、鹿児島神宮前交差点を左折して更に約300m進むと宮内小学校に着く。ここが弥勒院跡である。
 天台宗・弥勒院は隣の鹿児島神宮(中世では正八幡宮、大隅国の一宮)の別当寺で平安時代に創建された。弥勒院は明治の廃仏毀釈により廃寺となったが建物の一部は学問所・明道館となった。その後、宮内小学校となり今日に至っている。          【鹿児島県の歴史散歩】
場所: 霧島市・隼人町神宮  北緯 31゚44′56″ 東経 130゚44′35″ 
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写真141 弥勒院跡の石垣は高さ2.8m
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by ishigaki2010 | 2011-07-21 09:06 | 神社仏閣
2011年 07月 18日

№61 鹿児島神宮

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 写真138 朱塗りの大鳥居をくぐり、石橋を渡ると朱色の拝澱
■アクセスと歴史背景                 
JR日豊本線隼人駅前の県道471号北永野田小浜線を北に向かって約800m走り、鹿児島神宮前交差点を左折して更に約300m進むと宮内小学校があり、その奥に大隅一宮、国分正八幡・鹿児島神宮がある。
 鹿児島神宮は天津日高日子穂穂手見尊、豊玉比賣命、仲哀天皇、神功皇后、応神天皇などを祭神としている。社殿の手前には建久年間(1190~99)に植樹されたと云われる、樹齢800年の大楠の神木が往時を偲ばせてくれる。社伝では和銅元年(708)の創建とされ、平安時代末期から鎌倉時代に神域を南九州一帯に拡げ、京都の石清水八幡宮とも繋がっていたと云う。          【鹿児島県の歴史散歩】
場所:  霧島市・隼人町内  北緯 31゚45′00″ 東経130゚44′28″ 
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写真139 宝暦6年(1756)に島津重年が再建した鹿児島神宮 拝殿の石垣が古さを物語ってくれる
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by ishigaki2010 | 2011-07-18 20:56 | 神社仏閣