薩摩の石組み

ishigumi.exblog.jp
ブログトップ

<   2011年 03月 ( 7 )   > この月の画像一覧


2011年 03月 31日

№27 稲荷川河口の船着場

e0206650_21144455.jpg


稲荷川河口の船着き場
鹿児島市祇園之洲町の祇園之洲橋を渡って右折し、市道磯・田の浦線沿いのカフェ潮音館前の海岸に降りると船着場がある。
 ここは稲荷川の河口部に位置し前面に錦江湾が広がり、背後にはかつての島津氏の居城・東福寺城跡を控えている。現存する船着場の出入口付近は昭和期まで割烹があった所だが、今は駐車場となっている。石積みはその構造、意匠等から見て明治・大正期に築造されたものと思われる。 
 場所: 鹿児島市・清水町 北緯 31゚ 36′25″  東経130゚34′24″
e0206650_21204036.jpg

   
船着場への出入り口
e0206650_2033229.jpg

船着場の先端部石組み
[PR]

by ishigaki2010 | 2011-03-31 21:24
2011年 03月 27日

№26 田之浦の扶壁式石垣

e0206650_15334723.jpg


扶璧は5段積み、設置間隔は3m 。
 鹿児島市祇園之洲町の国道10号鹿児島北バイパス予定道路から祇園之洲橋を渡り琉球人松の方向に右折するとカフェ潮音館に着く。ここの駐車場と隣接道路との境が扶璧式石垣となっている。
 石垣の築造時期は不詳であるが、同工法の石積みが磯・仙巌園、大竜町・今和泉邸跡、帖佐十日町等でも見られることから明治期以前の築造と推定される。石垣の延長約30m,高さ1.8mの6段積み,扶璧は5段積みで,設置間隔は約3mである。        
場所:  鹿児島市・清水町 北緯 31゚36′26″ 東経130゚34′21″
e0206650_20283876.jpg


 扶壁は1段毎に石垣前面まで貫入し、前面石垣と連結されている    
   
 
[PR]

by ishigaki2010 | 2011-03-27 15:41 | 民家の石垣
2011年 03月 27日

資料2 石積み様式の分類  №1~№25 

№1~№25の石積み様式を分類しました
e0206650_1438394.jpg


[PR]

by ishigaki2010 | 2011-03-27 14:41
2011年 03月 27日

石積み様式 資料1 №1~№25

№1~№25までの石積み様式、石材寸法、加工度合を表にしました。
e0206650_11191392.jpg


[PR]

by ishigaki2010 | 2011-03-27 11:24
2011年 03月 23日

№25 重富島津家の米蔵

e0206650_2029184.jpg


間口10mの切妻造りの石造建築
鹿児島市清水町の琉球人松から祇園之洲方向に約350m行くと旧重富島津家の米蔵跡に着く。
 この石造の米蔵は大正7年(1917)に建造されたもので、かつて、この地にあった潮音院に由来して現在は潮音館と名付けられ軽食、喫茶店のカフェとして活用されている。店内は石造りの重厚感と木造窓枠がアンチークな雰囲気を醸し出している。                【鹿児島の史と景を歩く】
場所: 鹿児島市・清水町 北緯 31゚36′27″ 東経130゚34′23″
e0206650_20365912.jpg

石蔵の島津家家紋と木枠窓    
e0206650_2035654.jpg


    丁寧な石の加工と布積み構造
[PR]

by ishigaki2010 | 2011-03-23 20:47 | 石造倉庫
2011年 03月 21日

№24 田之浦・重富島津家の石垣

e0206650_19424261.jpg


重富荘の庭園から桜島を望む 
市道磯・田の浦線の琉球人松碑から祇園之洲方向に約300m行くと旧重富島津邸・重富荘がある。
 ここは島津久光の三男、重富島津家第21代当主、島津珍彦氏が住んだ屋敷跡。現在の建物の一部は、島津家第29代藩主島津忠義(島津久光の長男)が晩年内之浦に建てた狩猟用の別荘を移築したもので、邸内には随所に島津家ゆかりの品々が残されている。敷地約3万坪の和風庭園は田之浦御茶屋の庭を利用したもので、熱帯樹を配した美しい庭園から望む桜島は格別の趣を持っている。【鹿児島市観光課案内文】
場所: 鹿児島市・清水町 北緯 31゚36′27″ 東経130゚34′23″
e0206650_1958724.jpg

   
 磯街道に面した布積み石垣
[PR]

by ishigaki2010 | 2011-03-21 19:52 | 民家の石垣
2011年 03月 20日

№23 琉球人松付近の石垣

e0206650_21442584.jpg


往年の磯街道が偲ばれる目印松
鹿児島市吉野町の市道磯・田の浦線を磯仙巌園前から祇園之洲方向に約900m行くと琉球人松碑が磯街道の海岸側路肩に建っている。
 かつて、ここの岩場に松の大木があり、琉球船が鹿児島の港に入る際、目印にしたことから「琉球船の目印松」と云われている。戦後、松食い虫により枯死したので姫松が植えられた。また、昭和48年(1973)沖縄の日本復帰1周年を記念して沖縄那覇市から琉球松が贈られて植樹された。【鹿児島県の歴史散歩】
場所: 鹿児島市・吉野町 北緯 31゚36′35″ 東経130゚34′29″
e0206650_19551038.jpg


往年の磯街道が偲ばれる目印松  琉球人松碑付近の磯街道沿いの古い石垣













                 
[PR]

by ishigaki2010 | 2011-03-20 21:55 | 民家の石垣